斎藤一人 「地球が天国になる話」 植えつけられた劣等感 -vol09-

3分35秒

植えつけられた劣等感

で、どっかであなたに劣等感を植えつけた人がいるの。それは何ですか、どんなふうにして劣等感を植えつけたんですかっていうと、暴力とかわかりやすいのはすくない、それより親のがっかりした顔なの。

がっかりしてから立ち直ったように、「でも大丈夫よ、お母さんがついてるから」っていっても、そのがっかりした顔が傷つけるの。それで傷ついてきたの。

斎藤一人 「地球が天国になる話」 植えつけられた劣等感 -vol09-

 

なぜ劣等感を持っていると他人の幸せを喜べない?


なぜ劣等感を持っていると他人の幸せを喜べない?

だから、うっかりいい子になっちゃうと、最初から成績がずっと悪かった子とかというのは意外と親も期待していないんだけど、ちょっと昔勉強ができたとか成績が良かった、というほうが落ち込みが激しい。期待してあげることが愛だと思ってる。愛とはそういうものんじゃないの。

あなたが運動会で一着になろうがペケだろうが、お母さんはあなたのことが大好きだから、関係ないから。学校の成績が一番だろうがペケだろうが、私にとっては世界で一番かけがえのない子だから。私にとってそんな細かいことは関係ないんだ。神様があなたを授けてくれただけで私は最高だからって、これが愛なんです。

それを「うちの子はいい子なのよ。うちの子は何なのよ、かんなのよ」と、いい子のときしかほめない。だから、あなたが劣等感を持ったのは、あなたのせいじゃないんだよ、周りが未熟なの。どこかで誰かがこれに気づけばいいの。

それで未熟な人というのは、例えば夫婦、恋人同士でもそう。自分以外の世界で奥さんが楽しい思いしてくると、劣等感のない人は「友達とここへ行って、それでカラオケに行って楽しかったの」と言ったら「ああ 良かったね」と言う。

ところが劣等感を持っているダンナだと、なぜか「俺のいないところで、どうやって楽しんだんだ」とそのことをすごく嫌がって怒るの。
だから、PTAで酒を飲みに行こうが、カラオケを歌ってものすごく楽しくても、帰ってきたときに楽しくないふりしなきゃいけないの。
例えば「もう嫌になっちゃう。あんなの、私二度と行きたくないのよ。つらかったのよ」って言わないと喜ばない。

そうすると、そんなことを長く続けたらくたびれちゃうから、もう別れちゃおうとなるの。でも、別れられたダンナは、なぜか気がつかないの。

で、奥さんでもいるの。「あんたばかっし楽しくていいわね」とか。人が楽しかったのを「良かったね」と言えばいいのに、
それを言えない雰囲気をつくる。

 

 

ツイてるあなたに贈る「今日のことば」


私は前進します みんなが待っているところまで

私は前進します みんなが待っているところまで(byひとり)

ツイてる人は、みんな前進しています。

みんなより、自分が少し遅れるときもあります。

みんなより、自分が少し先に行く時もあります。

もし遅れたら、少しだけスピードをあげればいいんです。すぐ追いつきます。

だって、みんな、「あなたが来る」のを待っているんですから!